神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1449号 判決 1998年2月23日
東京都中央区日本橋小舟町一四番四号
原告
錦商事株式会社
右代表者代表取締役
松村忠勇
右訴訟代理人弁護士
牛田利治
同
白波瀬文夫
同
岩谷敏昭
右輔佐人弁理士
石井暁夫
同
西博幸
静岡県清水市草薙杉道三丁目一五番一三号
被告
エスピーケミカル株式会社
右代表者代表取締役
渡邊勇
右訴訟代理人弁護士
山本忠美
右輔佐人弁理士
佐々木功
同
川村恭子
主文
一 被告は、別紙物件目録一及び同二記載の各物件を製造し、販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、金四九八万二一二四円及び内金一八一万七七四九円に対する平成六年四月一日から、内金二一六万四三七五円に対する平成九年四月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一項と同じ。
2 被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及び内金六〇〇万円に対する平成六年四月一日から、内金一二〇〇万円に対する平成九年四月一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、化学工業薬品等の加工、販売を業とする株式会社であり、被告は、ポリエチレンチューブ、シート等の製造、販売を業とする株式会社である。
2 原告は、別紙実用新案権目録記載の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有しているところ、本件考案の構成要件は、
(一) 内部に吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂を封入した非透水性軟質合成樹脂シート製の袋体に、
(二) この袋体内に水を注入するための軟質合成樹脂シート製のパイプを、当該パイプの一端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように設けた、
との特徴を具備した保冷具であると分説することができる(以下、各構成要件を「構成要件(一)」などという。)。
3 本件考案の作用効果
(一) パイプから袋体内に注水すると、高吸水性樹脂が水分を吸収してゲル化又はゼリー状化し膨張する。高吸水性樹脂は、保冷機能を有するから、冷蔵庫で冷却、凍結すると保冷具として使用できる。
(二) 固形の高吸水性樹脂を袋体内に封入するだけで簡単に製造できるうえ、軽量で嵩張らないので、製造費及び運搬費を低減させることができる。
(三) 運搬に際して袋体を多数積み重ねた場合でも下段の袋体が破れない。また、高吸水性樹脂は、非透水性の合成樹脂シート製の袋体内に封入されているから、別途包装しなくても、運搬や保管に際して湿気や雨で吸水膨張しない。
4 被告は、平成四年四月一日以降、業として別紙物件目録一及び同二記載の各保冷具(以下、別紙物件目録一記載の保冷具を「イ号製品」、同二記載の保冷具を「ロ号製品」といい、これらをあわせて「被告製品」という。)を製造販売している。
5 イ号製品の本件考案の構成要件充足性
(一) 構成要件(一)の充足性について
(1) イ号製品の「袋体」は、「ナイロン及びポリエチレンからなる非透水性のフィルム」に「不織布」を付加したものを材料としているところ、「シート」は「フィルム」の上位概念である(「シート」の薄いものを「フィルム」という。)から、「ナイロン及びポリエチレンからなる非透水性のフィルム」は、本件考案の「袋体」の材料である「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。
(2) イ号製品の袋体内の第一の部屋の内部には「吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂」が封入されている。
(3) よって、イ号物件は、本件考案の構成要件(一)を充足する。
(二) 構成要件(二)の充足性について
(1) 本件考案における「軟質合成樹脂シート製のパイプ」とは、「軟質合成樹脂シートで製作した、ガス、液体などを導くための細長い筒」を意味するものである。
イ号製品の「逆止弁」は、長方形状に裁断した二枚の軟質合成樹脂シートを重ね合わせ、その長手方向の左右両側縁を互いに熱融着した構成となっているから、「軟質合成樹脂シートで製作した細長い筒」にあたる。
また、本件考案の「パイプ」は、高吸水性樹脂がゲル化又はゼリー状化しながら膨張するのに伴って、袋体内面に密着した状態で偏平に押し潰され、袋体内部の高吸水性樹脂及び自由水が袋体外に漏れるのを防ぐという機能を有するものであるところ、イ号製品の「逆止弁」も同一の機能を有する。
なお、イ号製品の「逆止弁」には、左右両側縁から斜め内側方向に熱融着線(弁部)が付加されているが、これは、本件考案の「パイプ」の構成と技術的思想を踏襲したうえで、袋体内から袋体外へ水を流れにくくしたものに過ぎないから、右弁部の付加によって「パイプ」の範疇を出るものではない。
よって、イ号製品の「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」にあたる。
(2) イ号製品における「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に「一端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように」取り付けられている。
(3) よって、イ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。
(三) 以上のとおり、イ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属するから、イ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。
6 ロ号製品の本件考案の構成要件充足性
(一) 構成要件(一)の充足性について
(1) ロ号製品の「袋体」は、「ナイロンフイルムとポリエチレンフイルムとを積層させた非透水性シート」を材料としているところ、本件考案の「袋体」の材料である「非透水性軟質合成樹脂シート」には、「フイルム」を積層させたものを除くといった限定は付されていないし、前記のとおり、本件考案の「シート」には「フィルム」が含まれるから、ロ号製品の「ナイロンフィルムとポリエチレンフィルムとを積層させた非透水性シート」は、本件考案の「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。
(2) ロ号製品の「袋体」の内部には「吸水によってゲル化する固形の高吸水性樹脂」が封入されている。
(3) よって、ロ号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。
(二) 構成要件(二)の充足性について
(1) イ号製品の「逆止弁」と同様、ロ号製品の「逆止弁」も本件考案の「パイプ」にあたり、その取り付け構造も本件考案の「パイプ」と同じである。
(2) よって、ロ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。
(三) 以上のとおり、ロ号製品は本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属するから、ロ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。
7 原告の損害
(一)(1) 原告は、本件考案の実施品である保冷具を製造販売している。
(2) 被告は、本件実用新案権の登録の日より後である平成四年四月一日から平成九年三月三一日までの間、被告製品を一二〇万袋以上製造販売し、少なくとも一八〇〇万円の利益を得た。
(3) よって、被告の右侵害行為によって原告が被った損害の額は、一八〇〇万円を下らないものと推定される(実用新案法二九条一項)。
(二) 原告は、本件訴訟の提起追行を訴訟代理人である弁護士及び輔佐人である弁理士に有償で委任したので、弁護士及び弁理士費用として二〇〇万円の支出を余儀なくされた。
(三) 原告は、被告に対し、本訴において、右各損害のうち、一八〇〇万円の限度で賠償を請求する。
8 よって、原告は、被告に対し、実用新案法二七条に基づき被告製品の製造販売の差止めを、民法七〇九条、実用新案法二九条一項に基づき損害賠償金一八〇〇万円の支払及び内金六〇〇万円に対する平成六年四月一日から、内金一二〇〇万円に対する平成九年四月一日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3については、本件考案の実用新案公報(以下「本件公報」という。)にその旨の記載のあることは認めるが、本件考案がそのとおりの作用効果を奏するとの点は否認する。
本件考案の「パイプ」は、注水前は密着しておらず、内部に空気を含んでいるから、袋体内の高吸水性樹脂が「パイプ」を通って袋体外に漏れることがある。注水後も「パイプ」の両端部分はU字形になり完全に密着することはないし、内圧の変化により、袋体内の「パイプ」の開口部が開くことがあるから、高吸水性樹脂に吸収されない自由水が、袋体外に流出することがある。このように、本件考案の「パイプ」は、逆流防止機能が不十分であるから、本件考案は原告主張の作用効果を奏しない。
だからこそ、原告も自己の製品には「パイプ」ではなく、被告製品と同様の「逆止弁」を使用しているのである。
3 同4のうち、ロ号製品の製造販売は認めるが、イ号製品については否認する。
被告は、平成四年四月一日以降は、イ号製品を製造販売していない。
4 同5のうち、(一)(2)の事実は認め、その余は否認する。
5 同6のうち、(一)(2)の事実は認め、その余は否認する。
6(一) 同7は否認ないし争う。
(二) 原告が製造販売している保冷具は、本件考案の「パイプ」ではなく、「逆止弁」を使用しているので、本件考案の実施品とはいえない。
(三) 平成四年四月一日から平成九年三月三一日までのロ号製品の販売利益額は四〇一万四〇五五円である。
7 同8は争う。
三 被告の主張
1 被告製品が構成要件(一)を充足しないことについて
(一) 本件考案における「袋体」の定義
原告は、本件考案の出願審査の過程で特許庁審査官に対して提出した意見書において、実公四九-一三九二七号に記載の「非透水性軟質合成樹脂シートを二枚重ね合わせ、四周を熱融着して形成した袋体」について「袋体の構造が本件考案とは全く異なる」と主張しているし、もともと、本件考案は、公知技術の組み合わせによって構成されているものであるがら、その技術的範囲は、明細書記載の実施例に限定されると解すべきである。そして、右実施例における「袋体」は、「軟質合成樹脂シート製の筒体の両端部を熱融着することによって形成」されているから、本件考案における「袋体」とは、「筒体の両端部」を熱融着して形成した非透水性軟質合成樹脂製の「一重」の「シート」の袋体でなければならない(この場合、「袋体」内部の空間、収納部は必然的に一つとなる。)。
(二) イ号製品の「袋体」の構成
(1) イ号製品の「袋体」は、その四辺を熱融着して形成されている。
(2) イ号製品の「袋体」の材料である「不織布の片面にポリエチレンをバインダーとしてナイロン及びポリエチレンからなるフィルムをラミネートした非透水性のシート」は、外側・不織布による結露防止機能を有し、本件考案の出願時にはこの種保冷具において使用されていなかったシートであって、単なる軟質合成樹脂製の「一重の」シートではない。
(3) また、この種の保冷具を取り扱う業界においては、「シート」(厚さ〇・二ミリメートル以上)は「フィルム」(厚さ〇・二ミリメートル未満)と明確に区別して理解されているから、イ号製品の「袋体」の材料のうち、「ナイロン及びポリエチレンからなるフイルム」の部分だけを取り出しても、本件考案の「袋体」を構成する「シート」にはあたらない。
(4) イ号製品の「袋体」の内部は、独立した二室が一体不可分に形成された二室構造となっている。
(5) 右のとおり、イ号製品の「袋体」は、本件考案の構成要件(一)を充足しない。
(三) ロ号製品の「袋体」の構成
ロ号製品の「袋体」は、二枚の「フィルム」を材料とし、その四辺を熱融着する構成であるから、イ号製品におけるのと同様に、本件考案の構成要件(一)を充足しない。
2 被告製品が構成要件(二)を充足しないことについて
(一)(1) 「パイプ」とは、その用語の一般的な意味からして、「中空の細長い管」を指すものと解される。
(2) 本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」の欄には、「当該パイプは、高吸水性樹脂が吸水膨張するのに伴って偏平に押し潰されながら袋体内面に押しつけられて塞がれることになる」との記載があり、明細書記載の実施例の欄にも、「軟質合成樹脂シート製のパイプは、高吸水性樹脂が膨張するのに伴って袋体内面に密着した状態で偏平に押し潰され」、「袋体内の高吸水性樹脂及び水」は、「偏平状に押し潰されたパイプから袋体外に漏れることはない」との記載がある。
(3) また、原告は、出願審査の過程で特許庁審査官に提出した意見書において、本件考案は高吸水性樹脂の膨張作用を利用して密封するという点において、公知技術(実開昭五八-三〇四一九号、実開昭六〇-八一五二八、実開昭四九-一三九二七)と異なるものであると主張した。
(4) さらに、特許庁審査官は、本件考案についての登録異議の申立てに対する決定において、本件考案は、高吸水性樹脂の吸水膨張にともないパイプが袋体内面に偏平に押し付けられることによって、ゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂及び自由水が袋体の外に漏れるのを完全に防止するという作用効果を奏するものであり、この点において公知技術とは異なると判断した。
(5) よって、本件考案における「パイプ」とは、細長い中空の管であり、かつ、高吸水性樹脂の膨張に伴って「偏平に押し潰されることによって」袋体内部を密封する機能を有するものでなければならないと解すべきである。
(二) また、前記のとおり、本件考案の技術的範囲は、明細書の実施例に限定されるところ、右実施例においては、「パイプ」は「袋体」と同一の材料で形成されており、かつ、その外周面と「袋体」とを熱融着することによって取り付けられている。
(三)(1) 被告製品の「逆止弁」には、左右両側縁及びその両側縁から斜め内側方向に向かって熱融着線が設けられているので、高吸水性樹脂の膨張作用を利用しなくても、熱融着線(弁部)の傾斜と逆方向の流通は阻害されることとなる。したがって、被告製品の「逆止弁」は、それ自体が水又は空気等の流体に対して逆流防止機能を有するものであるといえる。
(2) 被告製品の「逆止弁」は「袋体」とは異なる材料で形成されている。
(3) 被告製品の「逆止弁」は、外周面だけでなく、注水口を残した内側部分も「袋体」と熱融着して取り付ける構造となっている。これは、「袋体」の内圧が急激に高くなった場合に「逆止弁」が裏返しになって「袋体」から飛び出してしまうのを防止するためのもので、「逆止弁」がそれ自体で逆流防止機能を有することによる特有の構造である。
(四) したがって、被告製品は、本件考案の構成要件(二)を充足しない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 原告が、その製品に熱融着線(弁部)を付加した「パイプ」を使用しているのは、発注先の要請によるものであり、熱融着線(弁部)を付加しない「パイプ」の作用効果に問題があったからではない。
2 イ号製品の「袋体」の材料に「不織布」を使用したこと及びイ号製品の「袋体」の内部を二室構造としたことは、いずれも本件考案の技術的思想を踏襲したうえで、別の効果(不織布は結露を防止するため、二室構造はそのうちの一室に気体を封入するため)を付与するために過ぎないから、構成要件の充足性には影響しない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 証拠(甲一、一三、一四、一六、一七)及び弁論の全趣旨によれば、本件考案は請求原因3記載の作用効果を奏するものと認められる。
三 被告製品の製造販売(請求原因4)
1 被告が平成四年四月一日以降現在までロ号製品を製造販売していることは、当事者間に争いがない。
2 被告が平成四年四月一日以降現在までイ号製品を製造販売しているとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告は、平成四年三月三一日以前にはイ号製品を製造販売していたことが認められること及び争いのない被告の業務内容にかんがみれば、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属しないとして、被告が今後イ号製品を再び製造販売するおそれも一応肯定せざるをえないから、本件においては、イ号製品の製造販売の差止めを求める利益があると考えられる。そこで、以下、ロ号製品のみならず、イ号製品についても本件考案の技術的範囲に属するかどうか検討する。
四 イ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因5)
1 構成要件(一)について
(一) 請求原因5(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。
(二) イ号製品の「袋体」の材料であるナイロン及びポリエチレンが「非透水性軟質合成樹脂」にあたることは明らかであるところ、証拠(甲一一、一八)によれば、工業製品の分野においては、一般に「シート」とは、長さ及び幅に比較して厚さのきわめて小さい形状のプラスチックをいい、「フィルム」とは「シート」の薄いものをいうと理解されていることが認められ、本件考案の明細書(甲一)及び補正書(甲二)の記載に照らしても、本件考案において厳格に「フィルム」と区別する趣旨で「シート」の語句が使用されているとは解されないから、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」には「非透水性軟質合成樹脂フィルム」が含まれると解される。
また、イ号製品の「袋体」は、内部が二つに区分された二室構造となっているが、それぞれが独立した収納空間を有しているので、各部屋が本件考案にいう「袋体」にあたるといえる。
したがって、イ号製品の「ナイロン及びポリエチレンからなるフィルム」を用いて形成された袋体は、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート製の袋体」にあたる。
イ号製品の「袋体」に「不織布」が使用されている点については、イ号製品の「袋体」は、「非透水性の軟質合成樹脂」の「シート」が不織布にラミネートされたものであり、本件考案の右「袋体」の要件を充足した上で、これに「不織布」を付加したものにすぎないから、本件考案の右「袋体」の要件の充足性を肯認する妨げとはならない。
(三) 被告は、「ポリマー辞典」(増補版・平成五年一二月一〇日発行)において、「『シート』とは長さ及び幅に比較して極めて薄い平面上の成型品をいい、さらに薄い膜状のものをフイルムという。通常〇・二ミリメートル厚さ以上のものをシート、未満のものをフイルムという。」と記載されていることから、「シート」と「フィルム」とは別概念であると主張する。
しかし、証拠(乙一一)によれば、「ポリマー辞典」には、被告引用の右記載に続いて「塩化ビニル樹脂の成型品では柔軟なものをシート、硬質のものを板と俗に使い分けることもある。」との記載も認められ、保冷具に関する技術分野において、被告主張のように厳密に「シート」と「フィルム」が使い分けられているとまで考えることはできない。
(四) 被告は、本件考案の出願過程における原告の主張及び出願前の公知技術を参酌し、本件考案における「袋体」を明細書の実施例に限定して解釈すべきと主張するので、この点につき検討する。
(1) 考案の技術的範囲は、願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが(実用新案法二六条、特許法七〇条)、登録請求の範囲に記載された用語の意義については、それが一義的に明確に理解することができる場合を除いては、明細書中の考案の詳細な説明及び願書に添付された図面の記載を考慮し、出願によって開示された技術思想に照らして、客観的、合理的に解釈しなければならない。
また、出願人が出願過程において考案の技術的範囲につき一定の主張をし、これが認められて実用新案登録に至ったという事情が認められる場合には、後に考案の技術的範囲の解釈につき出願過程における主張と矛盾する主張をすることは信義則上許されないから、かかる場合においては出願過程における出願人の主張をも考慮して技術的範囲を解釈することとなる。
そこでまず、出願過程における原告の主張を検討する。
(2) 証拠(乙一二、一六、一七)によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、特許庁審査官の実用新案法三条二項の規定に基づく拒絶理由通知に対する意見書において、右拒絶理由通知で引用された実公四九-一三九二七号記載の考案と本件考案を対比し、右引用例に記載された「逆止弁」は「合成樹脂シートにて二重筒に形成した、内外に筒の間に入った内容物の圧力にて内外の筒を押圧することにより内容物の逆流を防止するようにしたものであって、袋体の構造が本願考案とは全く異なるとともに、高吸水性樹脂の膨張作用を利用して密封する点は、全く記載されていないから、この引用例が本願考案を示唆することは有り得ないし、また、この引用例は単なる袋に関する考案に過ぎない」と主張した。
イ 右引用例は、ウェルダー加工及びヒートシール加工が可能なシート状物質を素材として構成された「逆止弁」の構造にかかる考案であり、右「逆止弁」と組合わせる「袋体」等については何ら考案の対象としていない。
ウ 右引用例の図面には、「逆止弁」と四周を接合加工した袋状物を組み合わせた実施例が記載されている。
(3) 右認定事実からすれば、右アの原告の主張は、右引用例における「逆止弁」の構造と本件考案における「パイプ」の構造を比較して、「袋体」の構造が異なる旨主張しているものと解され、被告主張のように右引用例の実施例に記載された「袋状物」と本件考案の「袋体」を比較してのものではないと解されるから、出願過程における原告の右主張を参酌して本件考案の「袋体」の構成を限定解釈することはできない。
(4) 次に、被告は、本件考案における「袋体」の構成は、全部公知のものであるから、実施例どおりに限定される旨主張する。しかし、公知技術の存在によって考案の技術的範囲が実施例に限定されるかが問題となるのは、考案の技術的範囲を明細書の登録請求の範囲の記載どおりに解釈すると、その構成要件を全部充足する公知技術が存在することになる場合であり(かかる場合には右公知技術が含まれないように技術的範囲を制限的に解釈すべきかが問題となる。)、本件においては、本件考案が抵触することになる右のような公知技術の存在は認め難い。
(5) よって、本件考案の「袋体」を実施例に限定して解釈すべきとする被告の主張は採用できない。
2 本件考案の構成要件(二)の充足性
(一) 「パイプ」の用語の一般的な意味は、「ガス、液体などを導くための管又は液体を通す筒」であると解されるが、これだけでは抽象的であるので、さらに本件考案の明細書及び図面の記載を考慮して、本件考案においてその意味するところを検討する。
本件考案の明細書(甲一)及び補正書(甲二)における「登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」の項の記載によると、本件考案における「パイプ」は、予めその一端を袋体外に、他端を袋体内に配置させるように取り付け、使用の際には、これを通して注水し、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって偏平に押し潰されて袋体を密封する機能を有するものであることが認められる。
そうすると、本件考案における「パイプ」とは、「軟質合成樹脂シートにより製作され、吸水によってゲル化又はぜリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度をもった、細長い偏平な筒体」を意味するものと解される。
(二) イ号製品の「逆止弁」は、別紙物件目録一添付の「イ号製品」図面記載のとおり、二枚のポリエチレンフイルム(これが本件考案にいう「軟質合成樹脂シート」にあたることは前記のとおりである。)を重ねて左右両端を熱融着すると共に、左右両端線から斜め内側方向に熱融着線(弁部)を付加した構成のものである。また、「逆止弁」はその材質からして「吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度」であることは明らかである。
したがって、「逆止弁」は「軟質合成樹脂シートにより製作され、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度をもった、細長い偏平な筒体」に「弁部」を付加したものであるといえる。
(三) 「弁部」の付加によって「逆止弁」が本件考案の「パイプ」が有する機能及び作用効果を奏さず、あるいは同じ機能及び作用効果であってもその背景となる技術的思想が異なる場合は、「逆止弁」は、もはや本件考案の「パイプ」の範疇に含まれないと解されるので、この点について検討する。
まず、「弁部」の付加に関わらず「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に袋体外から袋体内への注水機能を有することは明らかである。
次に、袋体の密封機能、すなわち、袋体内容物の逆流防止機能の点であるが、証拠(甲一二、乙三の1、2)によれば、「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に、高吸水性樹脂の圧力によって圧着されることで、初めて逆流防止機能を有するものであって、「弁部」の存在は、注水時に「逆止弁」の開口部から袋体内に空気が混入するのを防止することによって、高吸水性樹脂の圧力による逆流防止機能をより効果的に発揮させるものに過ぎないと認められる。
そうすると、イ号製品の「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」と同一の技術的思想のもとに同一の機能、作用効果を奏するものであるといえるから、本件考案にいう「パイプ」の範疇に含まれると解され、イ号製品は本件考案の構成要件(二)を充足する。
(四) 被告は、本件考案の技術的範囲が明細書の実施例に限定されることを前提に、本件考案の「パイプ」は、(1) 「袋体」と同一の材料で形成され、かつ、(2) その外周面と「袋体」とを熱融着することによって取り付けられるものであることを要すると主張するが、前記のとおり、右前提を採用できない本件においては、被告の主張を採用して本件考案の構成要件(二)の充足性を論じることはできない。
3 以上のとおり、イ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、イ号製品の製造販売は本件実用新案権を侵害する。
五 ロ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因6)
1 構成要件(一)の充足性について
(一) 請求原因6(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。
(二) ロ号製品の「袋体」は、「ナイロンフィルムとポリエチレンフィルムとを積層させた非透水性シート」を材料としているところ、前記のとおり、本件考案にいう「非透水性軟質合成樹脂シート」には「非透水性軟質合成樹脂フィルム」が包含されるから、これは本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。
(三) 本件考案の「袋体」は、前記のとおり、明細書記載の実施例に限定されないから、ロ号製品の「袋体」は、本件考案の「袋体」にあたる。
(四) よって、ロ号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。
2 構成要件(二)の充足性について
(一) ロ号製品の「逆止弁」の構造は、別紙物件目録二添付の「ロ号製品」図面記載のとおりである。ロ号製品の「逆止弁」は、熱融着線(弁部)の形、位置及び数を除いては、その材質、構造をイ号製品の「逆止弁」と同じくしており、したがって、その機能も同じであると解される。よって、イ号製品の「逆止弁」と同様、ロ号製品における「逆止弁」も本件考案の「パイプ」の範疇に含まれると解される。
(二) よって、ロ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。
3 以上のとおり、ロ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、ロ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。
六 原告の損害額(請求原因7)
1 証拠(検乙一、二)によれば、原告は、被告製品と同様に「弁部」を付加した「逆止弁」を使用した保冷具を製造販売していることが認められるところ、前記のとおり、右「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」にあたるから、原告は、本件考案を実施していると認められる。
2 証拠(甲二〇の1ないし3、二一、二二の1ないし3、二三の1ないし4、二四の1ないし47、二五の1、2)によれば、被告がロ号製品の製造販売によって、平成四年四月一日から平成九年三月三一日までの間に得た利益の額は、次のとおりであると認められる。
(一) 平成四年四月一日から平成六年三月三一日まで
<1>商品名「氷っ子TP-200」
販売数量 八万一〇〇〇袋
一袋当たりの利益額 一・四七円
全体の利益額 一一万九〇七〇円
<2>商品名「氷っ子TP-500」
販売数量 四三万八〇〇〇袋
一袋当たりの利益額 二・五一円
全体の利益額 一〇九万九三八〇円
<3>商品名「保冷剤500グラム」
販売数量 二四万六四三三袋
一袋当たりの利益額 一・九五円
全体の利益額 四八万〇五四四円(円未満切り捨て)
<4>商品名「保冷剤1000グラム」
販売数量 一万〇九八五袋
一袋当たりの利益額 一・九五円
全体の利益額 二万一四二〇円(円未満切り捨て)
<5>商品名「クールタッチ500」
販売数量 五万一五〇〇袋
一袋当たりの利益額 一・八九円
全体の利益額 九万七三三五円
<1>ないし<5>の全体の利益額の合計 一八一万七七四九円
(二) 平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで
<1>商品名「氷っ子TP-200」
販売数量 一四万八五〇〇袋
一袋当たりの利益額 一・四七円
全体の利益額 二一万八二九五円
<2>商品名「氷っ子TP-500」
販売数量 五九万八〇〇〇袋
一袋当たりの利益額 二・五一円
全体の利益額 一五〇万〇九八〇円
<3>商品名「氷っ子TP-1000」
販売数量 二三〇〇〇袋
一袋当たりの利益額 三・七〇円
全体の利益額 八万五一〇〇円
<4>商品名「保冷剤500グラム」
販売数量 一〇万袋
一袋当たりの利益額 三・六〇円
全体の利益額 三六万円
<1>ないし<4>の全体の利益額の合計 二一六万四三七五円
(三) (一)と(二)の全体の利益額の合計 三九八万二一二四円
3 原告が本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人弁護士ら及び原告輔佐人弁理士らに有償で委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件訴訟の事案の内容、審理の経過、認容額等にかんがみれば、被告が原告に対して賠償すべき弁護士及び弁理士費用の額は、一〇〇万円とするのが相当である。
七 結論
以上の次第で、本件請求は、被告製品の製造販売の差止め及び四九八万二一二四円及び内一八一万七七四九円に対する平成六年四月一日から、内二一六万四三七五円に対する平成九年四月一日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均 裁判官 島田佳子)
物件目録一(イ号製品)(別紙図面「イ号製品」参照)
1 不織布1の片面にポリエチレンをバインダーとしてナイロン及びポリエチレンからなるフィルム2をラミネートした非透水性のシートを二枚使用し、ラミネートしたフィルム2側を内側にし、かつ、ポリエチレンフィルム3を介在させて周縁部をシール(4)することにより、第一の部屋5と第二の部屋6とを有する袋体7を形成し、
2 第一の部屋5の内側に、不織布8に液状のアクリル酸を含浸させて重合させ、乾燥させた吸水シート9を収納し、
3 第一の部屋5に水を注入するために、ポリエチレンフィルム材で形成した弁部10付き逆止弁11の一端が第一の部屋5内に延びて位置し、他端が袋体7の外部に位置するように配設し、
4 第二の部屋6に気体を吹き込むために、ポリエチレンフィルム材で形成した弁部、10'付き逆止弁11'の一端が第二の部屋6内に延びて位置し、他端が袋体7の外部に位置するように配設し、
5 逆止弁11及び11'は、二枚のポリエチレンフィルムを重ねて両側をシール(12及び12')すると共に、弁部10及び10'の部分を同時にシールした構成のものであり、
6 逆止弁11及び11'は、注入口部13及び13'を残して両側から所定の長さに渡って袋体7と一緒に溶着(14及び14')してある。
以上
イ号製品
<省略>
物件目録二(ロ号製品)(別紙図面「ロ号製品」参照)
1 ナイロンフィルム1とポリエチレンフィルム2とを積層させた非透水性シートを二枚使用し、ポリエチレンフィルム側を内側にして周縁部をシール(3)することにより袋体4を形成し、
2 袋体4の内側に、吸水によってゲル化する固形の高吸水性樹脂粉末5を収納し、
3 袋体4に水を注入するために、ポリエチレンフィルム材で形成した弁部6付き逆止弁7の一端が袋体4内に延びて位置し、他端が袋体4の外部に位置するように配設し、
4 逆止弁7は、二枚のポリエチレンフィルムを重ねて両側をシール(8)すると共に、弁部6の部分を同時にシールした構成のものであり、
5 逆止弁7は、袋体4との溶着において、注入口部9を残して両側から所定の長さに渡って袋体4と一緒に溶着(10)してある。
以上
ロ号製品
<省略>
実用新案権目録
一 考案の名称 保冷具
二 出願日 昭和六〇年七月二四日
三 出願公告日 昭和六三年九月一四日
四 登録日 平成二年一一月一四日
五 登録番号 第一八三七六〇六号
六 実用新案登録請求の範囲
内部に吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂を封入した非透水性軟質合成樹脂シート製の袋体に、この袋体内に水を注入するための軟質合成樹脂シート製のパイプを、当該パイプの一端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように設けたことを特徴とする保冷具
以上